平城京遷都

平城京遷都
  万葉集に次ぎの一句が残されている。題書のとおり太上天皇は元明天皇である。長屋の原は現在天理市長柄であろう。すると、平城京遷都の旅は上つ道を通ったことになる。

和銅3年(710)庚寅の春2月、藤原京より寧楽宮に遷りましし時、御輿を長屋の原に停めてはるかに古郷を望みて作らす歌 一書に云はく太上天皇の御製

  飛ぶ鳥の 飛鳥の里を 置きて去なば 君があたりに 見えずかもあらむ

 43代元明天皇は考えていた。今藤原京から平城京への遷都の途上である。なぜ平城京に移らなければならないのか。時は710年、いとしい夫草壁皇子に先立たれ、陵墓を明日香に置いたまま、亡き夫と離れて暮らさねばならない。気のすすまない移転である。考えてみれば今から21年前だ、藤原不比等が直広肆(従五位下)判事に任じられてはじめて宮中に上がってから、藤原鎌足の子ということもあり、ずいぶんと強引な態度が見えていた。690年藤原京の着工が開始され694年には明日香から藤原京に移ってきた。藤原京に移っても工事はまだつずいていた。704年一応都は完成ということにしたが、あちこち不備なところが目立った。なのに707年、都を奈良にうつすという詔をださなければならなくなった。この年文武天皇が崩御された。文武天皇は自分の子である。子に先立たれた母としては大変つらい思いであったが、悲しむ暇もなく自分が天皇になろうとは。どうしてこんなことになったのであろうか。
 藤原不比等の策略に違いない。不比等にとって文武の死は思いがけず、あまりに早すぎた。もうしばらく皇位にいて、やがて文武の子、首皇子(後の聖武天皇)に皇位を譲る考えだった。そのために不比等の娘宮子を文部の妃に入れ、首皇子をもうけた。しかしまだ、首皇子は9歳にしかならない。皇位につくにはまだはやすぎる。首皇子につなぐのにどうすればよいか。そうだ、草壁の皇后元明を皇位につけよう。彼女なら天智天皇の娘であるし、女性天皇は何人も先例がある。不比等はここではっきりと首皇子に焦点をあて、この孫のために万難を排しても天皇につけねばならない。このための戦略に取り組んだ。  
 だけど、何故平城京に都をうつさなければならないのか。自分の父天智天皇が白村江で唐にやぶれ、命からがら明日香にもどり、身の危険から近江に都をうつした。しかし壬申の乱により自分の伯父天武天皇と自分の義姉持統天皇夫婦が心血そそいで構想した藤原京である。従来明日香の都は天皇の私邸のごときもので、強敵唐や新羅に対抗するためにも、国威を発揚するためにも、私邸ではなく日本国の首都が必要だと純粋に考えた本格的な都である。自分の夫草壁皇子も、はれて新都の主になるはずであったのだが、はからずも替わりに自分が新都の主になった。藤原京は南東方面が高く、北西方面に低く、あたりの川はすべて北西の大和川に注ぐ。したがって地下水の流れが都に流れ込むなどと、下水工事の発達してない当時の欠陥を、不比等親派がいいたてるが、そのようなことは、今の権力をもってすれば、どうにでも出来ることなのだ。もう一つ、藤原京は南に狭く、発展性がないと。そのようなことは、前もってわかっていたことである。


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複雑に入り組んだ血統図

 平城京が出来上がるにつれ、元明は不比等の意図を悟った。平城京を見てみよ。これは藤原家の都以外の何ものでもない。内裏こそ中央北側にあるが、東端二条から五条まで都より高いところに外京と称し藤原家の所領で都を見下ろしているのである。東端に藤原氏の氏神興福寺を配し、その南は元興寺で蘇我氏を押さえつけている。そしてその中に東宮がある。東宮とは皇太子の居館である。藤原氏は皇太子をも取り込んだ。皇太子にやがて藤原の娘を嫁がせ、皇位につけ、その子がまた皇位を継ぐ。こうすれば天皇家は代々藤原の血統でつながれる。取り敢えず今のところ不比等の思惑とおりに事がすすんでいる。


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平城京遷都

 遷都から10年経った。そして翌年、元明は死の床にいた。この10年あまりを振り返った。714年元明は退位した。不比等の豪腕にほとほと疲れた。次から次へと出てくる不比等の要求に反抗するすべもなくすでに限界だった。退位を申し出て、次期皇位は元明の娘で文部の姉である氷高内親王に白羽の矢があったった。44代元正天皇である。首皇子は尚若く、もうしばらくピンチヒッターに繋いでもらわなければならない。元正に目をつけたのも不比等であった。716年不比等の娘光明子もすでに首皇子と同じ15歳である。そろそろ結婚させよう。これで首皇子は自分の孫、皇后になるはずの光明子は自分の娘である。あとは天皇、皇后になるだけだ。そして720年藤原不比等は死んだ。自分の野望の限りを尽くしての死であった。そして721年元明上皇も死亡した。

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